物理量で、温度や密度などは物質の向きに関係しておらず、軸方向の温度だとか、ある特別な方向の密度というのは意味がありません。このような向きを考慮しない物理量をスカラー(scalar)といい、一つの数値で表せます。スカラーは0階(zero rank)のテンソル(tensor)とも呼ばれます。
スカラーに対して異なるタイプの物理量をベクトル(vector)といいます。ベクトルはスカラーと異なり物質の向きを常に気にします。例えば、力を物質に加える際には、どの向きにどのくらいの大きさでという、方向と大きさの情報が必要になってきます。他には、物質中のある点での電場(電界強度)、双極子モーメントやある点での温度勾配などがベクトルとして挙げられます。 ベクトル を記号(変数)で表すときには のように太字で表します。 ノートに書く場合には、 のように二重線文字にしたり、 のように記号の上に矢印を書いたりします。 ベクトル には方向と大きさが必要ですので、表現するのに2種類の数値が必要です。 2種類の数値を方向と大きさとして表現する場合(方位・仰俯角と距離)もありますが、通常は、大きさを向きが分かるように空間成分に分けて表現します。まず、直交する3つの軸を決めて、それらを 軸、 軸、 軸( 軸、 軸、 軸などでも良い)とします。これらの軸に沿うベクトルの成分を決めるのです。成分は単にベクトルのこれらの軸への射影です。 軸方向の成分が 、 軸方向の成分が 、 軸方向の成分が だとすると、その大きさは で与えられます。方向は、原点と原点から 軸方向に 進んで、続いて 軸方向 に 進み、軸方向 に 進んだ地点とを結ぶ直線の方向です。電場 の 軸方向成分が ( 軸方向成分が、 軸方向成分が、 軸方向成分が )のとき、ベクトル は、
と書かれます。 ベクトル は その成分を表す添字が1つであり、1階(1st rank)のテンソルとも呼ばれます。
ベクトルの考え方を拡張したものがテンソルです。例えば、電圧 を電気伝導体材料に印加して電流 が流れたとします。このとき材料の電気抵抗を R とすると、
です。つまり、オームの法則(ohm’s law)です。 ここで、 電圧がどの向きに印加されて、電流がどの向きに流れたのかも意識して書くことにします。加えて、材料のサイズによらずに式を書くために、電圧を電場 に、電流を電流密度 と書くことにします。そうすると、オームの法則は、
と書くことができます。 ここで、 は電気伝導率を表します。 各成分について書きなおせば、
と電流密度の成分は電場の相当する成分に比例しますので、電流は電場と同じ向きに流れます。さらに、材料のどの方向に電場を加えても流れる電流密度は一緒です。しかし、材料に異方性がある場合、電場を印加する方向によって流れる電流密度が異なります。この場合に上式は、
と書けます。 ここで、 は電気伝導率の成分を表します。電流密度の成分は電場の全ての成分と関連していることになり、一般的に電流は電場と同じ向きには流れません。 例えば、電場を 軸方向 に印加した()とき、電流密度 は、
となります。 軸方向に電流 が流れるほかに、 や のために、 軸方向 や 軸方向にも電流が流れることを意味します。
異方性のある材料の電気伝導率を表現するために、 電気伝導率を
と書くことにします。 これを2階(2nd rank)のテンソルといいます。 電気伝導率のテンソル はその成分を表すのに添え字が2つ必要で、 テンソルの表現はその成分を と書く時の を行、 を列にした行列です。等方性の材料の 電気伝導率のテンソルの表現では 、
と書かれます。